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山本たかし勝手連のページ


by yamamotokatteren
海竜社から7月上旬刊行、全国の書店などで随時取扱予定です。
# by yamamotokatteren | 2007-05-26 08:48
(日本薬学会長井記念ホールにて。約100人が集まりました)

「山本たかしさんを国会に残そう! 緊急集会」山本たかしさんあいさつ
2007.5.13 日本薬学会長井記念ホール

 去年5月22日に、参議院の本会議場でがん患者であることを公表して間もなく1年、進行がん患者であることがわかってから1年5か月になりました。この間、自殺対策の問題、がん対策、交通事故の問題などいろいろな取り組みをしてきましたが、いずれの成果も私が何かをやったというわけではなくて、皆さんの大きな力が集まってできたものだと思っています。
 とりわけ、がん対策の問題は尾辻大臣がおられて、がん患者の先輩方とお会いになったことが一つの転換点になったと思います。自殺対策の問題は、武見敬三さんが国会のならわしを破って、「衆議院で予算が審議されている時に参議院は休業だからといって遊んでいないで仕事をしよう、山本さん、何かテーマはありませんか」とおっしゃって「それなら自殺対策を」ということで動いたものです。
 党派を超えての皆さんのご理解とご協力があり、いろんなものがすっと集まってきて成果が生まれたような、自分の力を超えるものが働いたような気がしています。私はその背中をちょっと押した感じです。ただし、法律を作っただけではだめで、法律に基づいてどんなふうに動いていくのか、がん対策基本法でいうならば、がん対策基本計画にどんなものが盛り込まれるかが勝負ですので、私も立法府で法律を作った人間として、がん対策推進協議会を傍聴しています。
 命を守るのが政治家の仕事だと思ってきました。治療法の見つからない人。あるいは自ら命を絶ちきってしまわなければならない人。救えるのに救えなかった命、助けられるのに助けられなかった命がいっぱいある。そこが政治の出番というところがたくさんあるのに、なかなか動かない。それに対して何かできないかと思って仕事をしてきました。
 5月10日に、同僚議員が、お前のための質問のチャンスだというので参議院の厚生労働委員会を開いてくれました。それだけでもプレッシャーだったのですが、ここでがん対策をちゃんとしたものにしなければいけないという重責を感じました。
 今、がん患者の先輩たちがやってきたことをまとめて年表を作っているのですが、患者が動く、厚生労働省がそれに対して何らかの対応をする。それではあかんというのでまた患者さんが動くという繰り返しで、ほとんど役所が自ら動いたことはありません。いろんな戦略・プラン・計画が立てられていますが、そこで言われていることは何も実現してこない。患者自身が動くことは大切なのですが、今度こそそれをちゃんとしたものにしたいという思いでいます。亡くなったがん患者の先輩たちががんばってきたことをお前はどうするんだ、ましてお前は国会議員なんだろうと言われているような気がして、お会いしたことはないので顔はわからないのですが、あっちへ行ってからずいぶん叱られそうな気がしています。やれる時にやれることをやらないと、と思っています。
 10日の質問が座りながらになったのは、前の日の夜、当日の朝まで、どう聞いたらいちばんいい質問になるかと考え続けたからです。局長に答弁を求めても出てくる答えはわかっているし、後々使えるものになりません。大臣にどう答えてもらうか、大臣の言質をどう取るのかが、いちばんの悩みでした。これまでの厚労大臣で、坂口大臣はお医者さんですし、長く政策畑におられたので話がすとんと落ちるんです。尾辻大臣は、心で動いている人で話が通りやすい方です。しかし、今の大臣は、計算機のような人で、なかなかうまくいきません。
 前の日の夜に質問取り、業界用語で「モントリ」というのがあって、担当者から「明日どういうことを質問されますか」と事前の確認があります。その時に、「がん難民がなぜたくさん生まれるのか、そのことの感想を聞きたい」と言いました。すると担当者は、大臣用の答弁書を書かないといけないので、「先生は、どういうご趣旨で、ご質問されるのですか?」と尋ねてくる。「いや、ただ感想を求めているだけです」と押し問答になりました。
 質問の日の朝に、担当者が大臣に、今日はこういう質問で、こういう内容なので、こう答えてくださいという紙を渡して、いわゆるレクをします。当日の朝ですので、短い時間ですっとわかる人はそういないわけです。がん難民が生まれている感想という時のヒントとして、「がん告知が進んで患者の側もいろんな情報を手に入れることができるようになったので、いい治療法を求めて病院を探すということもありますよね」と言ったら、そのままの答えが返ってきました。
そうではなく、診療報酬制度や今の医療保険制度の中でがん難民が生まれているのであって、医療費抑制政策の中で検査回数は1回に絞るとか、あるいはこの薬しか使えないとか、高い薬が出てくるとそれはだめですよとか、そんな方向に行きそうな中で、今の医療制度はこれでいいのだろうかということを聞いているわけですが、そこまで話す時間がないのです。
 何を聞けばよいのかと朝まで考えて出てきたものが、今作っているがん対策基本計画を、「がん患者当事者が喜ばないような計画にしてはだめですよ」というものでした。ひじょうに情緒的で、客観的な言い方ではないのですが、そこで言質を取っておけば後で使える(効力を発揮する)と思って、その1点に絞って質問しました。
 がん対策基本計画の全体目標にされているのが、がんによる死亡者の減少と、すべてのがん患者の苦痛の軽減という2項目だけなのは問題だと思っています。がんによる死亡者の減少は、たばこ対策とか予防検診をやればいいとうことはわかっていますが、片方で死亡者を減らしますといって、もう一つの目標が緩和医療だとなると、治る見込みのない人はみんな緩和医療だということになります。そうじゃないんです。私も1年半生きてきましたが、単に延命をしているのではありません。その期間、新しいことができる。普通の人と同じように生活をして、国会議員としての仕事もして、何かを生み出すことができるということが重要なのです。単にこの2項目だけではどうにでも解釈できることになるので、そこを具体的に書かせないといけない。
 その意味で大臣答弁が勝負だと考えていました。どうせこの大臣に聞いても返ってこないだろうし、参議院選挙で内閣改造になったら大臣が代わってしまうという思いもあって、聞く方も難しい、とてもプレッシャーがありました。13年間の中でいちばんプレッシャーのかかった質問でした。先輩患者に怒られそうな気がするし、今一緒にやっている仲間からも「もうちょっとまともな質問できないのか」と言われそうだし、質問のチャンスがもらえるのは嬉しいのですが、次の日にものすごく反省して、もっとああ聞けばよかった、こう聞けばよかったと考えて、ひじょうに健康に悪かったです(笑)。大げさですが、命と引き替えのようなものです。繰り返せない時間の中で勝負しているわけですから。とはいえ、答弁の後すぐに、「すみません、これまで認識が甘かったです」と仕切り直してくれるような場面もありましたので、良かったのかなと思っています。
 患者の活動年表を作っていると言いましたが、患者中心の医療、患者重視の医療と言われながら、実はいつも当事者が出てきませんでした。オキサリプラチンという抗がん剤が使われていないのは北朝鮮と日本だけだから早く承認してほしいと、島根の佐藤さんが訴えられて、認められる方向に行ったのです。
 全国どこにいても同じような医療が受けられるようにという意味で、均てん化という、わかりにくい言葉が使われています。三省堂の辞書によると「全員が平等に利益・恩恵を受けること」とあります。低いレベルに合わせられたら困るので、高いレベルでの均てん化をしてもらわないといけません。
 均てん化検討委員会というものが開かれて、最後の最後になって、がん患者から声を聞いてませんでしたとねいう話になった。検討委員会の報告書を作る最終段階で、がん患者に集まってもらってご意見をうかがいますという会が開かれた。混合診療解禁が問題になった時も、未承認薬の承認問題で、いわゆる規制緩和推進会議の中でも、傍聴していた患者さんが「なんでこんなまどろっこしい議論をしているのか」と怒りの発言をして、それをきっかけにもう一度会議が開かれて、佐藤さんや本田さんら患者が意見を言った。
 患者重視、患者中心などと言われながら、声が聞かれるのはいちばん最後なんです。中医協という診療報酬を決めている場所にも患者はいない。形はあっても当事者が出てこない中で政策決定されているのが今の日本の仕組みです。これをどうやって変えていくのか。
 私も戦後60年で民主主義は育たなかったと思っています。絶望している。でも、何かやらないと絶望しているだけでは何も動きませんから、がんばっていかないといけない。それを動かすのは当事者でしかない。それは交通遺児問題をやっていた時から、ずっとそう思っています。
 どんな治療を受けているのかとか、皆さんいろんなことを聞きたかったと思いますが、山本孝史は今こう生きていますという話は、永久に残る国会審議録に残す意義はないので、まどろっこしい発言になったかもしれません。
 よくよく考えてみると、治る患者さんはいいんです。治らない患者さんこそ政治の出番なんです。医療が対象にしている患者の中には、治る見込みの少ない患者がいる。障害者の中には、重複の障害を持っている人がいる。高齢者の中にも虚弱で経済的にもしんどい方がおられる。患者、障害者、高齢者といっても、いちばん困っている人、いちばん政治の光が当たらなければならない人に何をするかが問題であって、全体を1つの枠にくくって何かをやるということではないのだと思います。がん医療が、医療全体、日本社会の構造全体を変えていく話になると思ってやっています。

 参議院には解散がないので腰を据えて仕事ができますので、野党議員であっても12年もいたら何かできる法律の何本かは作れると思います。参議院は業界の代表者が集まっているところなので、私のような議員は異色中の異色だと思いますが。
 民主主義を守りたい。お国のためにといって命を散らす人がいるような、そんな状態を作りたくない。
 出馬したいという思いはあって、自分の体のこともあって迷い続けていたのですが、国会議員になったのも、いろんな仕事がまわってくるのも、自分がそうしているのではなくて、何か見えない力でこれはお前の仕事だとまわってきているような気がしています。それを素直に受け止めて、チャンスというのも変ですが、こんな人間でもまだ可能性を持っていて仕事が出来るのです。「先生は希望の星です」と言ってくれる患者さんもいると、自分の意思ではやめられません。やれるところまでやろう。命を見つめる、大切にするという仕事、それをやれるチャンスがあるのなら、自分から捨てると怒られそうな気がするのです。
前と同じ選挙態勢は取れないと思います。あの暑い夏は、ふつうの候補者でも厳しいです。全国区で、しかも自分の名前を書いてもらわないといけませんから、難しい選挙だと思います。しかし、やはりやらなくてはと思っています。
 党本部もそういう意向を汲んでくれて調整してくださっていますので、がんばっていきたいと思っています。皆さんから温かいご支援いただいて、お支えいただいて、いろんな政策テーマをいただく中で、自分の政治の方向性の中で 活動しています。お金をもらいにいかない政治家なので貧乏です。どんどん蓄えが減りますし、お金を蓄える余裕もなく、治療費もかさみます。ここはお金をかけない選挙の中で自分の思いを伝える。命を守るという皆さんの思いと一緒になってメッセージが伝えられたらいいなと思っています。今日はちょっと元気になりました。

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# by yamamotokatteren | 2007-05-26 08:47